黄昏時のホラー、カズオ・イシグロ「夕餉」 Kazuo Ishiguro / A Family Supper (1982)

短篇小説
ストックホルム、スウェーデン 2003年
ストックホルム、スウェーデン 2003年

カズオ・イシグロの短編小説『夕餉』は「黄昏時のホラー」だ。口の重い語り手、鎌倉の古い日本家屋。小津安二郎監督がラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の小説を映画にしたら、こんなふうになるのではないか。何か重要な「事実」がはっきりと語られないまま、話が進んでいく。ピントの合っているところと、ボケているところが斑になった古いモノクローム写真を見ているような不安感が漂っている。

My father bowed slightly. ‘You must be hungry,’ he said again. He took some fish to his mouth and started to eat. Then I too chose a piece and put it in my mouth. It felt soft, quite fleshy against my tongue.
‘Very good,’ I said.
‘What is it?’
‘Just fish.’
‘It’s very good.’

Kazuo Ishiguro, “A Family Supper” (1982)

 父は頭を一寸ちょっと下げた。「腹が減っているだろう」とまた言った。父は魚を口にもってゆき、食べはじめた。そこでぼくもその一切れを選び、口に入れた。舌ざわりが柔らかく、むっちりしている。
「じつに美味うまい」とぼくは言った。「これは何です?」
「ただの魚さ」
「じつに美味い」

カズオ・イシグロ「夕餉」出淵博 訳(『集英社ギャラリー 世界の文学(5) イギリス4』所収)集英社

元帝国海軍軍人の厳格な父とアメリカ帰りの息子のあいだには、どこかわだかまりがある。大学生の妹は、二人のあいだで、一見中立的な立場を保っているようだがはっきりしない。そんな三人が、河豚の毒にあたって亡くなった母の遺影の飾ってある部屋で、夕餉の食卓を囲む。メニューは「ただの魚」の鍋。

登場人物に「美味しんぼ」の海原雄山、山岡士郎、栗田ゆう子を当てはめて読むと、全く違う趣になってしまうので注意が必要だ。

すぐ読める度:5.0
再読したい度:5.0
傑作・名作度:5.0


コメント

  1. […] 日本語では、文学全集の中に入っているようで、じつぷり氏のブログで紹介されている。(フィンランドに住んでいたことがある人らしく、偶然の北欧つながりで親近感がわく。) […]