ほんとうのことを好きになること、須賀敦子「わるいまほうつかいブクのはなし」

短篇小説
Savonlinna Finland 2006

世の中にはいろいろな規則がある。立場主義者が従っているのが東大話法規則であるならば、わるいまほうつかいになるために守らなければならないのが、この短い話に出て来る、五つのきそくである。

ブクが死ぬことになったのも仕方のないことでした。まだ髪のくろい若者だったころ、どうにかしてこのきらびやかな宮殿で一生安楽にすごせるような工夫はないものかと思いめぐらし、ついに悪いまほうつかいになろうと決心して、そのほうの大家のトクの弟子になったとき、おごそかにちかったあの大切な五つのきそくをひとつのこらずやぶってしまったからには、もうブクはどうしても死ぬよりほかなかったのです。
その五つのきそくというのは、まあざっとこんなものです。

須賀敦子「わるいまほうつかいブクのはなし」(『須賀敦子全集 第8巻』「聖心(みこころ)の使徒」所収)河出書房新社

第一、「心」というものは、ひじょうにきけんなものであるから、なるべくいつも「株式会社わるいまほうつかい銀行」にあずけておくこと。
第二、「いげん第一」
第三、「澄んだ目をした人間には気をつけること」
第四、「じぶんのあたまでものを考えることをぜったいにさけること」
第五、「わるいまほうつかいは、ほんとうのことを好きになったら二十四時間以内に死ななければならない」

たった五つの規則だが、こんなものを全部守ることのできる人はまずいないだろう。 しかも、このきそくを破ると、最悪の場合死んでしまうのだし。

ただ、最近思い当たるふしがないわけではない。呪文のようになんとかミクスと唱えていれば豊かになると信じて、じぶんのあたまでものを考えないどこかの国の総理大臣。電気を安く安全に作るためとか言って、ついでにこっそりと核兵器の材料を作ってしまう、いげんのある人たち。銀行のお金をあっちこっち動かして魔法のようにそれを増やして、お金持ちのあいだだけでわけあって、本当に困っているひとには渡さない人たち。四年に一度の見世物のために何兆円も使おうとしたり、大都市の間を少しでも速く移動するために、マイナス何百度まで冷やした物質を使って走る新幹線を作ろうとする人たち。そのせいで野生の植物や動物が生息している豊かな自然を破壊しても悲しいと感じる心をどこかに預けてしまった人たち。ほんとうのことを好きになって、ほんとうのこと言ったりすると「けしからん」といって怒ったり、つかまえて罰を与えようとする人たちなど。現実にもブクのような人はたくさんいる。

ところで、この厳しいきそくを立派に守って、わるいまほうつかいとしてエリート人生を歩んできたブクだが、90さいの誕生日直前にどうやら死にかけているようだ。五番目の規則を破ってしまったのだろうか。ブクがほんとうのことを好きになってしまったのだろうか。

ところで、ほんとうのこととはなんだろう。多分こういうことは頭で考えてもわかるものではない。いや少しはわかるかもしれないが、なんにも考えていない時に、ふっと感じる何かがほんとうのことのような気がする、というぐらいしか今のところ自分には考えられない。矛盾するかもしれないが。

いったん、ほんとうのことを好きになることを止めてしまうと、ほんとうのことを思い出してそれを好きになるのは、簡単なようでいて案外難しいことなのかもしれない。僕もそうならないように、「何も考えない」ということについて、できるだけ自分のあたまで考えるようにしたい思う。

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