フィンランド人と血液型

フィンランド
Tampere 2003
Tampere 2003

Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは赤、母音たち、
おまへたちの穏密な誕生をいつの日か私は語らう。
A、眩ゆいやうな蠅たちの毛むくぢやらの黒い胸衣むなぎは
むごたらしい悪臭の周囲を飛びまはる、暗い入江。
(以下略)

アルチュール・ランボー「母音」中原中也 訳(『ランボオ詩集』所収)岩波文庫

自分自身の血液型を知っているフィンランド人に出会った例がない、というのは偶然だろうか。フィンランド人との会話の中で、あなたは自分の血液型を知っていますか? と、おっかなびっくり尋ねてみたことが何度かあったが、首をかしげるばかりではっきりと答えた人はいなかった。

ぼくが自分の血液型をはじめて知ったのは、たぶん小学一年生のときだったと思う。健康診断のあとでわたされた小さな紙片に印刷されたそのアルファベットの黒い母音は、どこか未確定で変更可能な記号にみえたが、その後、中学や高校の文化祭で献血するたび、年末ジャンボ宝くじの当選を期待した自分に感じる気恥ずかしさのようなものとともに、少しずつ凝固していった。

日本だけなのだろうか、血液型による性格分類や相性占いが学校や職場で話題になることがよくある。ぼくは血液型を尋ねられた時は相手に推測してもらい、それが当たっていても違っていても、「どうしてわかっんだろう、不思議だな」と答えるようにしてきた。結局、人は見たいようにしか周りの世界を見ないのだとしたら、他人がどんなふうに見ていようと、自分にはどうにもならない。

フィンランドの人が血液型に興味がないからといって、性格分類に興味がないというわけではない。というのも、「あの人はハメ人だ」とか、「あいつはサヴォ人っぽいよね」、「やっぱりカレリア人だから」というようなフレーズをよく耳にしたからだ。フィンランドのスオミ族は、おおまかにハメ人、サヴォ人、カレリア人などの3つに分類できるのだ、とサヴォ人の友人が教えてくれた。ただ、彼らの興味はエスニシティよりも、むしろ性格の類型化にあるようで、その意味では日本人の血液型と似ている。

ハメ人は内気で辛抱強いタイプ、サヴォ人はユーモアがありよく喋る、カレリア人は陽気な音楽好きで社交的、などなど。いじわるな見方をすれば、ハメ人は内向的な一刻者、サヴォ人は口の達者なお調子者、カレリア人は落ち着きのない気分屋と言えなくもない。でもそれらの要素はおおむね誰にでもある程度含まれていて、十把一絡げに適用できるものではない。これらの要素をまんべんなく、いい塩梅にブレンドした(ように見える)、フィンランド西部のポリ出身の友人がいるが、ぼくはそれを「ポリ人」と呼び、フィンランド人のアーキタイプとして勝手に分類している。

そういえば、フィンランドでは募金箱を持った赤十字の人たちはときどき見かけたが、街なかで献血を呼びかけている姿は見かけなかった。あるいはひょっとして、ヘルシンキ中央駅の地下に秘密の部屋があって、そこで献血をしているのかもしれない。世の中が何となくギスギスしてユーモアを補充したいときには、「サヴォ型が不足しています」とか、不況時には辛抱強さを求めて「ハメ型が足りません、ご協力お願いします」などといって。

年末が近づいてくると、どういうわけか献血をしたくなる。ちょうど今年オープンした名古屋のゲートタワーの26階に献血ルームができた。「日本一高い(ところにある)献血ルーム」らしい。そんな高いところで献血して血圧とか大丈夫なんだろうか。どうでもいいことかもしれないが、ちょっと心配だ。

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