フィンランドでヒッチハイク

フィンランド
VerlaからJaalaに向かう途中の風景
VerlaからJaalaに向かう途中の風景

フィンランドに住んでいた時、一度だけヒッチハイクをしたことがある。世界遺産としても有名なVerlaに知人のJanneさんとJohnnaさんのサマーコテージがあって、僕とうちの奥さん、Jaakkoは、その年(2006年)のJohannus(夏至祭)にいたる数日間をそこで過ごし、夏至の日にVerlaからヘルシンキに帰る途中に少しだけヒッチハイクをしてみた。

Johannus はフィンランドでは国民の休日なので、ローカル・バスなどの交通はだいたい止まっている。ヒッチハイクでフィンランド中を旅したことのあるJaakkoは、Verlaに来るときと同様に、ヘルシンキに帰る時もヒッチハイクをするつもりだった。フィンランドではヒッチハイクは、わりとポピュラーな移動手段なのだろうか。JanneさんとJohannaさんも僕たちにヒッチハイクをすすめてくれた。

ヒッチハイクに必要なものは二つある。一つは目的地を書いたダンボール紙。Jaakko(当時25才ぐらい)の指導のもと、ゴミ捨て場で拾ってきたダンボール紙をちぎり、僕はマジックペンで大きく「KOUVOLA」と書いた。KouvolaにはVRの駅がある。VerlaからJaalaを経由して30キロぐらい離れたKouvolaまでの道のりが、ヒッチハイク初心者に適当だろうということだった。Jaakko自身はダンボール紙に「HELSINKI」と大胆に書いていた。Verlaからヘルシンキまでは100キロ以上はある。上級者コースだ。

必要なもの二つ目は「運」だ。方向を同じくする車にぐあいよく止まってもらい、なおかつその車のドライバーがほどほど善良な人であってほしい。でも、善良ってどうしてわかるの?僕たちには運があるだろうか? Jaakko曰く「やってみなければわからない。ポジティブな気持ちでいること。そして直観を使うこと」つまりは根性ということか。

3人でのヒッチハイクはリスクがあるというので、Jaakkoとは別行動でヒッチハイクをすることになった。僕とうちの奥さんは、夏至の太陽が照りつけるアスファルトの路上で、通りすぎる車に向かって目的地を書いたダンボール紙を掲げ親指を立て続けた。

おっかなびっくり、ヒッチハイク・デヴューをした僕たちだったが、無視していく車、肩をすくめるドライバー、なかには、僕たちに向かってアグレッシブな表情で中指を立てていくドライバーも少なからずいて、だんだんと気分が落ち込んでいった。フィンランドの人たちの知らせざる一面を見たようで複雑な気分だった。

車がつかまらずに30分ぐらいして、うちの奥さんの不平不満がぶつぶつ始まったが、めげずに2時間ぐらいがんばっていると、捨てる神あれば拾う神ありだ。一台の車がウインカーを灯して路肩に止まってくれた。

車に乗っていたのはフィンランド人の中年夫婦で、Kouvolaにある彼らの自宅へ帰る途中だった。話してみると、彼らはサルベーション・アーミー(救世軍)で働いているとのこと。フィンランドでサルベーション・アーミーにサルベージしてもらうなんて、まるでアキ・カウリスマキの映画『過去のない男』のようではないか。彼らにKouvolaの駅まで乗せてもらい、そこからVRでヘルシンキへ向かった。

昔『ヒッチャー』という映画があった。ルトガー・ハウアー扮するヒッチハイカーが、車に乗せてくれた人やその家族をどんどん殺していくという怖ろしい話だ。考えてみれば、見ず知らずの人間を自分たちの車に乗せるのだから、乗せる方も勇気がいることと思う。

僕たちがKouvolaの駅で電車のシートに座ることができた頃、Jaakkoはとっくにヘルシンキについていた。どうやらヘルシンキに直行するトラックにすぐに拾われたらしい。恐ろしく運の良いヤツだ。僕らもサルベーション・アーミーの親切な夫婦に偶然出会えて運が良かった。あらためて彼らに感謝したい。

Kouvoという言葉は「古フィンランド語で熊、幽霊、オオカミ、シラミ、鳥の鳴き声を意味する(wiki/コウヴォラ)」らしい。そう言われると、フィンランド古代人の言霊が宿っているようで、不思議な響きを感じる。

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