眠りの相談

日々

名古屋市内の某デパートの前を通りがかったとき「眠りの相談会 開催中」という看板が目に入った。眠りについて研究しているあらゆる分野の専門家がズラリと揃って生物学的必要性、人類学的な意義や、眠りの形而上学的問題について疑問に感じていることを相談する会ではもちろんなく、要するに枕やベッドの販売会だ。なかなか寝付けないだとか、睡眠が浅いのでぐっすり眠れる寝具が欲しい、または、いびき対策の枕なんかが取り揃えてあるのだろう。こういう問題は人によっては結構深刻かもしれないが、枕やベッドを買い替えて解決するなら、まあわりと単純なことなのかもしれない。ただ、効果の程は人それぞれだろうけど。

寝付きに関しては、僕の場合はある意味シンプルで、本を読みさえすればいい。夜、布団に入って本を開く。ものにもよるけれど数ページ読み進んだところで、ウトウトとしてくる。この方法で困るのは電気を誰かに消してもらわなければならないことと、まれにではあるが、読書に夢中になってしまって、寝ることができなくなってしまうことだ。前者の問題は人的労力で解決する。要するにうちの奥さんに電気を消してもらう。身勝手かもしれないが、結局誰かが(うちの場合、僕か彼女のどちらかしかいない)、電気を消さなければならない。ときどきジャンケンで決めることもあるが、彼女が最初にだす手がグーと決まっているので勝負は常に僕の勝ちになる。

問題なのは、後者の場合。本のページをめくるのが止められなくなる時だ。そんな時はどうしようもない。行けるところまで行くしかない。この手の本で最近出会ってしまったのが、ガブリエル・ガルシア=マルケスの『わが悲しき娼婦たちの思い出』。エピグラムは川端康成。

たちの悪いいたづらはなさらないで下さいませよ、眠つて
ゐる女の子の口に指を入れようとなさつたりすることもいけ
ませんよ、と宿の女は江口老人に念を押した。

川端康成『眠れる美女』

そして小説本文の一行目、「満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた」から始まる。もうダメだった。この本に出会えた幸福感と、そろそろ寝なければという焦燥感が入り混じった複雑な感情の交錯。久しぶりの夜更かしになってしまった。

眠りの相談会に持ちかけるとしたら、「夜寝るときに、こんな本を読み始めてしまった場合どうしたら良いでしょうか」というのが、僕からの相談なるだろう。たぶん、だれも相手にしてくれないだろうけど。ちなみに、僕にとって眠りに落ちる最も効果的な本は、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』。何度挑戦しても、「スワン家の方へ」から先には進めない。死ぬまでには読了したい長編小説の一つではあるが、最近自信がなくてってきた。

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