フィルムも紙も美味しい、イサク・ディーネセン(Isak Dienesen)『バベットの晩餐会』

短篇小説

  ハリウッドでフィルムを食べている羊に向かって山羊が「美味いかね?」と聞くと、羊が「原作(紙)の方が美味かった」なんていうジョークがあるように、映画(フィルム)を原作の小説(紙)を比べて良いとか、悪いとか言われることがしばしばある。

そもそも、映画と小説を比較すること自体がナンセンスだとしても、(頼んでもいないのに)映画化されることで、個人的な読書体験が台無しにされるような気分になるからなのか、映画の方が好評を博することはなかなか難しいみたいだ。

デンマークの映画監督ガブリエル・アクセル(Gabriel Axel)の映画『バベットの晩餐会』は、同じくデンマークのイサク・ディーネセン(Isak Dienesen)の同名の小説を原作に作られた映画で、アカデミー外国語映画賞をはじめ多くの賞を獲得している。珍しくフィルムの方も美味しい作品だ。

ユトランドの片田舎に住む、ルター派の敬虔な信者である美しい年配の姉妹を頼って、バベットと名乗る謎の女性がフランス革命を逃れパリからやってくる。話は49年前の過去の出来事に遡り、再び物語上の現在において、バベットが作る超一流のフランス料理が振る舞われる晩餐会で、過去と現在の見えなかった糸がつながっていく。

「いいえ、わたしは貧乏になることなどないのです。お話ししましたように、わたしはすぐれた芸術家なのです。すぐれた芸術家が貧しくなることなどないのです。すぐれた芸術家というものは、お嬢さま、みなさんにはどうしてもお分かりいただけないものを持っているのです」

イサク・ディーネセン(Isak Dienesen)『バベットの晩餐会』桝田啓介訳 ちくま文庫

18世紀後半から19世紀にかけては、北米大陸ではアメリカ独立戦争が、ヨーロッパではフランス革命が起こり、古風な世界観が破壊され、新しい物質文明が怒涛のごとく押し寄せてくる時代の始まりだったとも言える。

世俗的な成功と名声を求める欲望に抵抗して、形而上の価値感や信仰心を幾ばくかは保とうとした時代を背景に語られる、美しい姉妹それぞれの恋物語とバベットの芸術家としての矜持には、21世紀の初めを生きている僕たちにも、心に静かに訴えかけるものがある。

僕の場合『バベットの晩餐会』は、映画を先に見て、あとから小説を読んだのだけれど、「小説を先に読んでおけば良かった」などという後悔はまったくない。原作者のイサク・ディーネセンが小説に込めた哲学をそのまま映像化したような静かで美しい映画は、この小説を読んだことのある人にも、まだの人にも勧めることができる。

ちなみに、イサク・ディーネセンは本名をカレン・ブリクセン (Karen Blixen)という女性だ。男性名のペンネームを使っていた理由はよくわからないけれど、どんな気持ちで執筆していたのだろうか。

彼女の長編小説『アフリカの日々』もシドニー・ポラック監督で『愛と哀しみの果て』という映画になっている。こちらの映画はまだ見ていないので、いつか見たいと思っている。ホールデン・コールフィールドが「ずいぶん優れた本だった」と褒めていることについては僕も同意する。「原作の方が美味い」なんてことになっていないといいけれど。

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