ヘルシンキの外国人

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Suomen Kansallisooppera Helsinki Finland 2006
Suomen Kansallisooppera Helsinki Finland 2006

 私は地図帳(アトラス)とともに大きくなった。地図帳好きの子どもの例にもれず、むろん、外国には一度も行ったことがなかった。クラスのある女の子が、ほんとうにヘルシンキで生まれたのだとは、たとえパスポートにそのとおり記してあるのだとしても、信じられなかった。H-e-l-s-i-n-k-iーその8文字が、私にとって別世界への鍵になった。

『奇妙な孤島の物語:私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島』ユーディット・シャランスキー著 鈴木仁子訳 河出書房新社
Atlas der abgelegenen Inseln: Fuenfzig Insel, auf denen ich nie war und niemals sein werde: Judith Schalansky

ヘルシンキのホテルで宿泊拒否にあいそうになったことがある。中央駅近くにあるホステルのような小さなところでの、ささいな出来事だったが、いまだに印象に残っている。

受付カウンターでは、色白でヒョロっとしたメガネのあんちゃんが、ぼんやりとテレビを見ながら一人で番をしていた。予約していた者ですが、と声を掛けると、IDの提示を求められ、そこでパスポートを携帯していないことに気がついた。当時住んでいたKarjaaにある国民学校の学生宿舎においてきてしまったのだ。

慣れというものは恐ろしい。はじめてフィンランドを訪れたときは、ビクビクして、どこへ行くにもパスポートを握りしめるように持ち歩いていたのに、たった一年ちょっとで、このありさまだ。

IDがないなら泊めることができないかも、と宿泊拒否権をチラつかせる態度と、そもそも外国人(特にEU圏外)がパスポートなしでホテルに泊まろうというのはどのような了見なのか、と嫌味っぽく問い詰められて、ちょっと口論になったが、主導権は相手に握られていた。やっぱりパスポートなしでは分が悪い。途中から、こちらの非を認めつつ、あんちゃんのご機嫌をなだめる低姿勢の戦法で交渉した結果、なんとか泊めてもらうことができた。

ぼくがパスポートを携帯していれば済んだことだ。受付の彼もたまたま虫の居所が悪かっただけなのかもしれないし。彼には少し申し訳なかったかなと思う。

フィンランドにいたときのぼくは外国人だったんだ。
今は、なんだかそのことが妙に懐かしくて、不思議でしかたがない。

この翌年に住むことになるヘルシンキでは、市からソーシャルセキュリティー番号を発行してもらったが、やはりパスポートが本人確認と在留資格の強力な証明であることには変わりなく、しばしばパスポートの提示を求められた。