周回遅れ

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Grandmother cell, Tampere Finland 2004
Tampere Finland 2004

時とは何だろうと思ってみるが、考えられることは……
時と思ったらもう過去になってる

アンディ・ウォーホル『ぼくの哲学』 落石八月月 訳 新潮社

「30歳になるとき、どんな気分だった?」
美しい青空がひろがる六月のある日の午後、ヘルシンキのLammassaariでピクニックをしていたとき、三十歳になる直前で憂鬱な気分に陥っていたフィンランド人の友達が、飲みかけのKARHU を片手に、そう問いかけてきたことがある。

僕は祖母のことを話した。「もうすぐ百歳だね、長生きしてね、おばあちゃん」と声を掛けられるたびに、一世紀近く生きてきたにもかかわらず、まるで、もうすぐ二十歳になる乙女のように表情を曇らす祖母のことを。

それに人は誰でも、PaulingのJUHLA PirkkaのHernekeitto が消費されるように等しく歳を取り、死んでいくものなので、リラックスして三十歳を迎えるのがよかろう、というようなことを言ったが、彼にとって慰めになったかどうかはわからない。

あれから十年以上が経った今、そのフィンランド人の友達は結婚をし、一児の父になった。自分はといえば、代わり映えもせず、いつのまにやら五十歳になろうとしている。四十歳になったときよりもインパクトがありそうだ。心とか精神にも年齢があるとすれば、身体年齢にはまったく追いついていけない。困ったことに、何年分もの周回遅れが積算されていき、しかもその感覚が年々スピードアップしている。

ところで、僕は中学で剣道部に所属していて、放課後の練習では校舎の周りを走らされたが、すぐにスピードダウンして、てくりてくりと歩きはじめることがあった。ときどき卓球部などの他の部活の人たちも合流し、一時的に結成される学校非公認の「部活横断的歩行愛好集団」は、テクテク部と呼ばれていた。

対照的に野球部の人たちは脇目も振らず走っていた。野球部は軍隊調の厳しい先生が目を光らせていたこともあってか、テクテク部に入部しようという不届き者はおらず、汗ぐしょになってビュンビュン走っていた。僕らはどんどん抜かれて遅れていったが、そこにはどことなく、取り返すことができない永遠さを感じるほどだった。

良くも悪くも、心の時間は、野球部員に永遠に追いつけなかったテクテク部員のように、ゆっくりと進んでいるようだ。あるいはともすると、心は歳をとらないのかもしれない。身体のほうは時間が厳しく見張っている。歩調を緩める訳にはいかない。

百三歳まで生きた祖母の心は何歳だったのだろう。祖母も、てくりてくりとゆっくり歩む人だった。テクテク部の位で云うと部長クラスの大先輩だったと思う。