無垢なものに向かってひた走る姿に感動する ウディ・アレン『マンハッタン』(1979)

日々

「ニューヨークのマンハッタンを舞台にした、ロマンティック・コメディ」というクリシェよりも、このセリフがウディ・アレンの映画『マンハッタン』のプロットをよくあらわしている。

Kaivopuisto, Helsinki Finland 2005
Kaivopuisto, Helsinki Finland 2005

A idea for a short story about, people in Manhattan who are constantly creating these real unnecessary neurotic problems for themselves because it keeps them from dealing with more unsolvable terrifying problems about the universe.

Manhattan (1979)

主人公のアイザック(ウディ・アレン)が、アパートのソファに一人で寝転びながら、短編小説のアイデアを、ソニーのポータブルテープレコーダーの録音マイクに向かって語る映画終盤でのモノローグだ。

ペシミスティックすぎると感じたのか、思い直して楽天的に「人生の生きるに値するもの」を列挙していく。「グルーチョ・マルクス、ウィリー・メイズ、ジュピターの第2楽章、ルイ・アームストロングの『ポテト・ヘッド・ブルース』、スウェーデンの映画、フローベールの『感情教育』、マーロン・ブランド、フランク・シナトラ、セザンヌの名画『リンゴとナシ』、Sam Woのカニ料理、トレーシーの顔。」

17才の元恋人であるトレーシー(Mariel Hemingway)のことが、自分にとって「人生の生きるに値する」人だ、と気がついたアイザックは、ソファからムクリと起き上がり、トレーシーからプレゼントされたハーモニカを手に取り、電話をかけるが通じない。トレーシーに会いたくて居ても立ってもいられなくなったアイザックは、おもむろにジャケットを引っ掴み彼女に会いに行く。

キャブをつかまえられず、おもむろにマンハッタンの街中を走っていく。商店の前を、そして通りに面した前庭の柵にそって、やせた背の低い40過ぎた男がジャケットをはためかせて、ときおり苦しそうに胸や腹を押さえながら、ガーシュウィンのStrike Up the Bandに励まされて走る。

思想信条、主義、主張、神様、失業、これから執筆する小説のこと、別れた奥さん、浮気をしている友人、その浮気相手の女(ダイアン・キートン)と付き合ったこと、トレーシーを傷つけたこと、そういったややこしい世間のしがらみを浄化するかのように無垢な存在に向かって走る。2分弱の不格好に走るシーンを見て思わず涙しそうになった。そしてトレーシーの言葉がアイザックの心に触れる。You have to have a little faith in people.

せわしない身振りと多弁な登場人物が多い中、トレーシーだけは無口に静かに穏やかにしているのが印象的だった。クラシカルな調子のモノクロ映像とガーシュウィンの音楽が美しく響く。ウディ・アレンの映画の中でも特別に好きな作品だ。

ゴダールとウディ・アレンに共通点があるとしたら、映画の中でよくテニスやスカッシュをしていることかな。気のせいかもしれないが。