Nelliと桟橋には行かなかった

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Nelli Palomäki 2004
Finland 2004

2004年の早春の頃だったと思う。週末のある夜、学生寮のキッチンでお湯を沸かしていると、写真学科で同級生のNelliが入ってきた。かなりの上機嫌だ。ビール瓶を手にしている。狭いキッチン内でズイッと近づいてきた。「何をしているの? お茶を入れているのね。わたしたちは湖の桟橋に行くんだけど…フフフ」。あだめいた雰囲気がなきにしもあらずといった目つきだ。彼女の背後の薄暗い廊下に、三人のフィンランド男子が控えているのが目に入った。「ぼくはここでお茶を飲んでいるよ、ご機嫌だね」と答えると、「そう、じゃあね、ウフフ」と微笑んで、男子らを従えて外へ出ていった。

いつものNelliのようであり、何か様子が変だなという印象が気になり、後でそのことを映像学科のJaakkoに話すと、ニヤリとして、ぼくの知らないことを教えてくれた。「湖の桟橋」は「カンナビスの桟橋」でもあったようなのだ。昼間はフィンランドの美しい湖の桟橋が、時と場合によっては不穏当な空間に変わる。たしかに寮やその周辺で、ときどきタバコとは違う独特の匂いが漂っていたことには気がついていたので、やっぱりそうかと納得した。あのとき彼女は、すでにキメていたのかもしれない。

夜中の湖のほとりで若い者たちがビールを飲みながら、ユーロ加盟国の財政規律がフィンランド経済に及ぼす影響や、NATOがイラク戦争に参加することの是非について、あるいは《シベリウス交響曲第7番》がいかに神秘的で美しいか、などと語り合っている姿を想像することは難しい。でもそれが何だというのか。なにがどうあれ、フィンランド人たちがフィンランドでどうしようと、ぼくの知ったことではない。

タンペレ郊外のkansanopistoの教室で、アルファベットの名簿順のため、偶然隣の席に居合わせることとなり、外国人であるぼくらのために、先生の話すフィンランド語を英語へ通訳してくれたのは、ほとんどNelliだけだった。陽気で見目麗しく、男子に人気があったが、気位が高く、つかみどころのない雰囲気もあった。

その後、彼女はトゥルクの美術大学を経てヘルシンキのTAIK(現:アールト大学)の大学院へと進み、HELSINKI SCHOOLにも選ばれた。現在ではフィンランドで最も有名な若手写真家の一人である。彼女のプロフィールのどこを探しても、あのkansanopistoを見つけることはできない。ちょっと寂しい気がする。

桟橋の秘密を教えてくれたJaakkoは「なんだ、知らなかったのか。次は君も誘うよ」と云ってくれた。彼とは、ときどき連絡を取り合っているが、あの桟橋に誘われることのないまま、現在に至っている。

当時フィンランドではカンナビス(少なくとも吸引)は非合法だったはずだ。今はどうか知らないが、驚くほど身近にあるので注意が必要だ。

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