ノーザンライツには届かなかった

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matti 2004
Finland 2004

フィンランドのタンペレ郊外にある国民学校に滞在して、二ヶ月ほどたった10月中旬のある晩のこと。学校の寮とは別棟だが同じ敷地内にある暗室で、モノクロフィルムの現像をしていると、クラスメイトの中でも特に物静かなマッティが、ブロンドの長髪を振り乱して暗室にやってきて「ノーザンライツが見えているよ、見に行こう!」と誘ってくれた。

10月に入ってから、学校のそばにある湖上に光のカーテンがうすぼんやりと発光するさまが何度か観測されており、ぼくはそこで人生初のノーザンライツをすでに体験していたのだが、その夜のマッティの興奮ぶりには、それまでとは違う特別な何かを期待させるものがあった。ぼくとうちの奥さん、そこに居合わせた数人は大急ぎで作業を中断し、上着を着込み、長身のマッティの尻にひっついて暗い林の夜道をぞろぞろと歩いていった。

向かった先の小高い岩場には、すでに幾人かのシルエットが静かに佇んでいた。彼らが見やるNäsijärviの北側の夜空には、禍々しく発光する光の織布が、シューマンの《フモレスケ》の出だしのように、4分の4拍子でおだやかにゆらいでいた。するとそれは突然4分の2拍子となり、次第にテンポが速まり、光の束となって、ジダンのマルセイユ・ルーレットのような軽快な足どりで、くるくると回転しながらこちらに向かってきた。

その場が静かにどよめいた。ノーザンライツがぼくたちのすぐ頭の上に、背の高いマッティじゃなくても、ぼくでもジャンプすればその裾に指先が触れるのではないかと錯覚するぐらいの低位置まで降りてきて、今度はスクリャービンの《ピアノ・ソナタ第5番》のように、複雑な光の和音の塊が目まぐるしく現れては消え、∞の記号を描くようにスピンすると、あっという間に上昇して空の向こうに消えていった。

ぼくはその神秘的な美しさに陶然としてしまった。オウル出身のマッティにとってもはじめての体験だったようだ。その年(2003年)はノーザンライツの当たり年で、フィンランドに初めて滞在するぼくとうちの奥さんにとっては幸運だった。あれからずいぶん経つけれど、あのとき体験したことは、現在もぼくのなかで響き続けている。

フィンランドではオーロラをノーザンライツ(northern lights)と呼ぶのをよく耳にした。フィンランド語では、レヴォントゥレトゥ(revontulet)。レストランを意味するラヴィントラ(ravintola)と音が似ているので最初はよく間違えた。注意が必要だ。

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