夢見を誘うラヴ・ストーリー、カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』Kazuo Ishiguro: The Buried Giant

日々
Öland, Sweden 2003
Öland, Sweden 2003

『わたしを離さないで』から十年ぶりの新作となる、カズオ・イシグロの小説『忘れられた巨人』を読んだ。アーサー王伝説時代のブリテン島を舞台に、老夫婦がおぼろげな記憶をたよりに息子を訪ねて旅をするという物語だ。お互いをいたわり、励ましあいながら旅する老夫婦は、小津安二郎の映画『東京物語』の老夫婦(笠智衆と東山千栄子)とどこか重なるところがあるように思えてならなかった。

タル・ベーラ(Béla Tarr)というハンガリーの映画監督がいる。元映画監督と言うべきだろうか。2011年に発表した『ニーチェの馬 』を最後に映画を撮ることを辞めてしまった。暗い夢の中を歩きまわるような、東ヨーロッパ独特の暗くて静かで不思議な美しい映画を作る人で、僕の大好きな映画監督の一人だった。「もし、タル・ベーラだったら、この小説を原作にどんな映画を撮っただろうか」などと夢想してみてもしかたがない。どこかの国の某アニメ映画監督みたいに、引退宣言を撤回するなんてことはないだろうし。

最近はあまり夢を見なくなって、つまらないなと自分で思っていたのだけれど、この小説を読んでいる間は、毎晩不思議な夢をみた。夢だから不思議なのは当たり前かもしれないけれど、小説の世界と自分の見る夢がどこかでつながっているようだった。心の深いところにある、忘れていた遠い記憶のイメージが、薄暗い暗室の中で、現像液に浸したモノクロの印画紙の上にぼんやりと浮かび上がってくるようだった。

ところで、名古屋市の図書館でも人気のある図書のようで(所蔵は二十冊ぐらい)、半年ぐらい前に予約したのが、忘れた頃にようやく順番が回ってきた。貸出期間は二週間あるので、余裕だなと思っていたら、なんやかんやで実際読み始めたのは返却期限の四日前から。急いで読まなきゃと少し焦ったけれど(まだ僕の後ろに四十人以上が待っていた)、読み始めたら物語の中に引きこまれてしまい、あっという間に読んでしまった。なんだか損した気分だ。

 とりあえずは、僕の「生きているうちに何度も読み返すであろう書物のリスト」にそっと載せておいた。次は英語版の方をがんばって読んでみようか。夢も英語になるのだろうか。

 うちの奥さんと僕の場合はどうだろう。どんな老夫婦になるのか、ならないのか。先のことはわからないけれど、何はともあれ続いていくのなら、多少は善い記憶を共有できればいいかもしれない、そんなことが可能ならば。でもやっぱり、そういうことはあまり考えないほうがいい。大滝詠一じゃないけれど、「期待は失望の母」とも言うし。