ディケンズに長期勾留される男たち、イーヴリン・ウォー「ディケンズを愛した男」中村融 訳

この記事は約3分で読めます。
Helsinki 2006 by Hasselblad XPan
Helsinki 2006

「虫や蟻を寄せつけずにいるのはたいへんなんだ。二冊はだめにされてしまった。でも、ある油の作り方をインディオたちが知っていて、それが役に立つ」
マクマスター氏は手近の包みをほどき、仔牛革で装丁された本を手渡した。それは『荒涼館』の初期アメリカ版だった。
「最初にどれを読んだってかまわない」
「デイケンズがお好きですか?」
「ああ、もちろんだとも。好きなんでもんじゃない。いいかね、わしが読んでもらったことのある本はディケンズだけなんだ。親父が読んでくれたし、そのあとは例の黒人が……そしてこんどはきみだ。いまでは何度も読んでもらった本ばかりだが、ちっとも飽きないね。いつだって学ぶこと、気づくことが出てくるんだ。登場人物はべらぼうに多いし、場面はくるくる変わるし、言葉がどっさりあって……。蟻に食われたのをべつにすれば、ディケンズの本は全部そろっている。読みきるには長い時聞がかかる――二年じゃやすまんだろう」

イーヴリン・ウォー「ディケンズを愛した男」中村融 訳(『街角の書店(18の奇妙な物語)』所収)創元推理文庫
The Man Who Liked Dickens: Evelyn Waugh

ロンドンの資産家ポール・ヘンティは、飛びぬけた美貌と魅力をそなえた奥さんから八年の結婚生活で二度目の不貞を告白されショックを受け、ブラジルの未踏の地を目指す探検隊に参加する。

あらゆる悲運に見舞われた探検隊で最後の一人となり、密林で遭難し病み衰えたヘンティを助けたのはマクマスター氏だった。マクマスター氏は、英連邦王国のバルバドス人宣教師だった父とシリアナ族の女を母に持ち、アマゾンのサヴァンナで六十年ちかく暮らす。英語を話すけれど字は読めない。

回復したヘンティは感謝の気持ちから、命の恩人であるマクマスター氏のために、氏の蔵書からディケンズの『荒涼館』を朗読する。『ドンビー商会(ドンビ―父子)』、『マーティン・チャズルウィット』、『ニコラス・ニクルビー』、『リトル・ドリット』そして『オリバー・ツイスト』と朗読は終わらない。ヘンティは文明社会に帰る日を夢見るが、次第に威圧的になるマクマスター氏の態度に不安をつのらす。そしてついに文明人の消息を示すモノまで失ってしまう。

文明から隔絶された鳥かご的状況で、ディケンズの小説世界に拘泥している状況や、立場を利用した抑圧的な関係にディケンズ的パスティーシュがそこはかとなく香る。ただし、イーヴリン・ウォー特有のブラックユーモアがかなりきいているけれども。それに、南半球が舞台だから立場が逆転している。ここでは文盲のマクマスター氏が法律であり、ロンドン出身のヘンティがそれに服従する。鳥かごは人工的ではなくアマゾンの自然であったりする。

この短篇小説を読んでから、ディケンズの『荒涼館』を少し読んだ。それからというもの何を読んでも、例えばカズオ・イシグロの『忘れられた巨人』でも、霧、泥、鳥かごの中の鳥、虐げられる子供といったディケンズ的主題が気になってしょうがない。これはイギリス文学の伝統なのだろうか、それとも「ディケンズ病」なのだろうか。まあ心配しなくても、ディケンズの小説はたくさんあるし、読む時間ならたっぷりあるはずだ。ディケンズに「長期勾留」されるのも案外楽しいことのように思えてきた。