悪魔祓いのアイテムに笑ってしまった、スティーヴン・キング 「人間圧搾機」 高畠文夫 訳

短篇小説
VIRSI KIRJA at Tuomiokirkko in Tampere 2013
VIRSI KIRJA at Tuomiokirkko in Tampere 2013

 スティーヴン・キングの短篇小説「人間圧搾機」は、ひょんな偶然が重なって悪霊が取り憑いたクリーニング店の「圧搾機」が、次々と人間を巻き込んで食べてしまう、というホラーだ。とんでもなくバカバカしい話ではあるが、こういう話が大好きだ。

あたかもタールの坑から脱け出そうとする恐竜のように、圧搾機がコンクリート床から自らを引きはがそうとしているのだ。もはや、それは仕上げ機ではなかった。変形し、融け続けているのである。五百五十ボルトの電線がパチパチと火花を散らしながらローラーの上に落ちたが、たちまちのうちに噛み砕かれてしまった。一瞬、二つの火の玉が、輝く目のように二人を睨みつけた。その目は冷酷で貪欲な光をたたえていた。

スティーヴン・キング「人間圧搾機」 高畠文夫 訳 『ナイトシフト〈1〉深夜勤務』所収 The mangler: Stephen King (1972)

「圧搾機」に悪霊が取り付いていることを発見した刑事と知人が、パニックに陥りながらも悪霊祓いをしようとするのだが、聖書とともに、そこに登場するお祓い用アイテムが現代的というか、いかにもアメリカっぽくて笑ってしまう。そのギャップに現代文明や現代人に対するダークで自虐的な批判が込められているように思えた。

人間がつくり出した道具や機械が、人間のコントロールを失って勝手に動き出したらどうなってしまうのだろうか、という恐怖心は、産業革命以来、もっと言えば、現世人類が身近にある石ころや木の枝を道具として利用することを思いついた数万年以上もの過去に遡る、古い来歴を持つ感覚の一つであろう。

機械文明を通り越し、情報化が複雑で高度に発達した現代社会で、そいうった危険とか恐怖に対してなるべく知らん顔をして日々の生活をおくっている僕たちは、それが突然、現実に目の前につきつけられた時、どうしたらいいのか途方にくれてしまう。そのいい例が福島の原発事故かもしれない。爆発した原子炉を冷やすために消防車が出動して放水活動をする映像を見た時、僕はそのギャップに笑うことができず、とてつもない恐怖を感じた。

原発事故とまではいかなくても、身近なところだって、ちょっとしたミスや故障などで、機械が人間に危害を加えることがよくある。つい一週間程前のニュースだが、愛知県の蜜柑農園で蜜柑の洗浄をしていた作業者が機械に巻き込まれて亡くなるという痛ましく、恐ろしい事故が起きた。僕は蜜柑が大好きなので、こういったニュースを聞くのはとても悲しい。

ところで、今、目の前に蜜柑がある。あとで食べようと思い、籠から一つ取り出し、パソコンのテーブルの上に置いてある。とても美味しそうな蜜柑だが、この蜜柑が愛知県産であることを僕は知っている。いささか気にならないというわけではない。まさかとは思うが。

「人間圧搾機」は『マングラー』(The Mangler)というタイトルで1995年に映画化されている。監督はトビー・フーパーという人で、悪魔ものが得意みたいだ。

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