取っ手も温めます

フィンランド
Voionmaan opisto 2004
Ruokasali Voionmaan opisto 2004

 ですからわが家では、「さあ、食事よ。」と私が号令をかけると、二人の娘たちが飛んできて、コーヒーカップなどはもちろん、スープ皿、ミート皿など必要なものはすべて湯につけて温めます。

ホルトハウス房子『カレーの秘伝―これこそ最高の家庭料理』カッパ・ホームス

行きつけのコーヒー豆専門店のずらりと並ぶ豆箱の前で、いつものグアテマラを豆で注文する。支払いを済ませる。傍らのカウンターに席を勧められる。その場でマスターが淹れてくれたコーヒーをいただきながら話を聞かせてもらう。

人から勧められたり、新しい喫茶店やおしゃれなカフェを見かけると、好奇心と偵察を兼ねて店に入ってみるものの、出されたコーヒーのカップの取っ手を持った瞬間にがっかりすることがあるという。

「ホットコーヒーなのに取っ手が冷たいと、口をカップにつけたとき、頭でわかっていてもアチッとなることがあるんです。冷たい飲み物のときは冷たくし、温かいものは温かくしておくと、手に持ったときに指先で感じて、心と体の準備が整います。ですから、カップは取っ手も温めます」

以前は豆販売と兼業していた喫茶店で数多くのリピーター(県立芸大時代の奈良美智さんもよく来店されていた)を獲得していたマスターの淹れたてコーヒーを、取っ手も温かいカップで飲みながら話を伺っていたら、フィンランドの国民学校の学食のことを思い出した。

毎朝8時に学食に赴き、真っ先に手にするプラスチックのトレイが、むしろ熱いぐらいだったのは、食洗機から出したばかりだったからということもあるが、それでも指先に温もりを感じると、寒くて暗いシンとした冬の朝でも、ぼんやりした頭が動き出し、今日もなんとかなりそうだな、と少しは明るい気分になった。

トレイはもちろん、ARABIAのお皿やコーヒーカップも温かかった。puuro(お粥)、コーヒー、ウインナーや卵焼き、その朝に焼いたばかりの丸パンなどはすべて温かく、ヨーグルト、トマトとキュウリのサラダはひんやりとしていた。食事を作ってくれていた方々の心が、そいうところに現れていたんだということに、いまさらながら思い至る。

このごろは外食時に、カップの取っ手や皿の端を指先で、ついつい触れてみるようになってしまった。 もし冷たいと、心の中の海原雄山が「帰るぞ中川、時間の無駄だった」といって席を立とうとする。でも温かければ、その感覚はいつまでも指先が覚えていて、いい思い出として心にずっと残っていく。

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